AIで、看護師は患者を考える時間を取り戻せるか

ぬかのぷー(まなあこ 代表)

ぬかのぷー(まなあこ 代表)

2026年9月22日 11:02

「看護研究におけるAIの活用」について書きました。
 そこでは、AIが作る文章の「もっともらしさ」や、誤った情報を生み出すハルシネーション、研究にAIを利用する際の透明性や倫理について考えました。

 AIを過信してはいけないし、依存するのもよくない。それは今も変わりません。しかし今回は、少し違う角度から考えてみたいと思います。AIには、看護や医療をよくする可能性が間違いなくあると思います。
 技術にあぐらをかくのでも、AIに判断を任せてしまうのでもなく、看護師がAIを活用して患者を観て、患者について考える時間を取り戻せるとしたら、そこにはどのような未来があるのでしょうか。

看護師が患者のそばに行けない

 看護師不足が言われるようになって久しくなります。もちろん、看護師の人数そのものが足りないという問題があります。しかし、それだけではありません。

 看護師は病棟にいる。患者のそばに行きたいとも思っている。それでも、記録、情報収集、申し送り、会議、調整、確認作業、診療報酬上必要な入力などに追われ、ベッドサイドに行く時間がない。
 患者から見れば「看護師はいるのに、来てくれない」。看護師自身も、患者と関わりたいのに関われない。これもまた、実質的な看護師不足の一つのカタチといえるのかもしれません。

AIが役立つ可能性があるのは、まさにこの部分です。

AIが看護サマリーを作る

 総合病院に勤めている妻の職場では、「ユビー生成AI」を使って看護サマリーを作成する取り組みが始まっています。

 ユビー生成AIは、電子カルテに蓄積された情報を集約し、退院・転院・申し送りサマリーなどの下書きを作成できます。すでに複数の医療機関で利用され、サマリー作成時間の短縮も報告されています(1)。
 これまで長い時間をかけてカルテを読み返し、整理し、文章にしていたものを、AIが短時間でまとめてくれる。それによって看護師の負担が軽くなるのであれば、大きな意味があります。
 書くことが楽になれば、単に早く書き終えられるだけではなく、これまで忙しさのために書き残せなかったことまで記録できるようになるかもしれません。

 患者のわずかな表情の変化。
 何気なく話した言葉。
 家族との関係。
 看護師が感じた小さな違和感。

 そのような数値化しにくい情報まで残せるようになれば、記録はもっと豊かになり、次の看護につながっていく可能性があります。ただし、書くことが楽になることと、書かれる内容が豊かになることは同じではありません。

「AIの出力に何が足りないか」を説明できるか

 妻の職場では、AIが作成したサマリーをそのまま使うのではなく、「AIの出力に何が足りないのかを明確にするように」と言われているそうです。それはもっともな指示です。しかし妻は、「何が足りないのかを言葉にすることは、なかなかに難しい」と話していました。
 患者の経過を理解し、AIが拾わなかった情報に気づき、それを言葉にして加えるためには、看護師自身が患者をよく見ていなければなりません。
 看護師が患者に対して抱く「何となく気になる」「いつもと少し違う」という感覚は、必ずしも最初から言葉になっているわけではありません。
 表情、声の調子、沈黙、間の取り方、動作、家族との関係。そうしたものを一つひとつ分析した結果というより、いわば、まだ言葉として分けられる前の”気づき”として感じ取っていることがあります。

 AIが要約できるのは、基本的には、誰かが既に記録した情報です。まだ言葉になっていない気づきや、記録されなかった違和感までを要約してくれるわけではありません。
 さらに妻は、AIが作った文章を、周囲が比較的そのまま受け入れてしまうような雰囲気もあると感じているそうです。もちろん、妻から聞いた話だけで、その病院全体のAI利用を評価することはできません。
 ただ、AIの文章は整っているからこそ、欠けているものが見えにくくなるという問題があると思います。不自然で間違いの多い文章なら、人は注意深く確認します。しかし、簡潔で読みやすく、医療文書らしい表現でまとめられていると、それだけで「きちんと書かれている」と感じてしまいます。

忙しい現場では、
 AIが下書きを作る。
 看護師が十分に確認する。
 必要な情報を追加し、修正する。

という本来の流れが、
 AIが下書きを作る。
 大きな間違いがないかだけを見る。
 そのまま確定する。
という流れになる可能性もあります。

 これは、個々の看護師の責任だけではありません。AIの出力を吟味するための知識と時間がなければ、「人間が最終確認するから安全」という仕組みは、形式だけのものになってしまいます。

看護師の気づきを、AIが拾い直す

 一方で、AIが看護師の観察や判断を生かして、患者の安全につなげる事例もあります。

 米国で開発されたCONCERN(COmmunicating Narrative Concerns Entered by RNs)という早期警戒システムがあります。これは、看護師が電子カルテに入力した記録や、その入力パターンを機械学習で分析し、患者の状態が悪化する危険を予測するものです。この研究は、74病棟における60,893件の入院を対象とし、通常ケア群と比較して、介入群では以下の結果が認められました。

 死亡の瞬間的リスクが35.6%低下した(p<0.0001)
 入院期間が11.2%短縮した(p<0.0001)
 敗血症の瞬間的リスクが7.5%低下した(p=0.0317)
 予期しない集中治療室(Intensive Care Unit:ICU)への移送の瞬間的リスクが24.9%上昇した(p=0.0011)
 *「予期しないICUへの移送」は悪化を早期に発見し集中治療へ繋げることが出来た、という肯定的に解釈してよい結果だと考えます。

 この研究は、単に過去の診療データを解析したものではなく、実際の臨床現場でシステムが示した情報を医療チームへ知らせることによって、患者の転帰が変わるかを検証しています。

 看護師が患者に接するなかで感じる「いつもと少し違う」「何となく気になる」という認識は、十分に言語化されないことがあります。しかし、その懸念は、記録回数や観察行動などの変化として電子カルテに現れる可能性があります。
 CONCERNは、その痕跡を機械学習によって可視化し、医療チームに伝えています。つまり、看護師の判断をAIに置き換えたのではなく、看護師の観察と臨床的な違和感を「AIがデータとして拾い上げ、増幅してチームに伝えた」研究です。

 一人の看護師が感じた小さな変化は、それだけでは目立たないかもしれません。しかし、複数の看護師が残した記録を時間の流れに沿ってAIがつなぎ合わせれば、患者の悪化を示すパターンとして見えてくる可能性を示しています。その点で、AIは看護師の感性を不要にするのではなく、感性によって捉えられたものを、見過ごされにくい情報へ変えてくれるのかもしれません。

 書くことが楽になる。
 その分、書く内容が豊かになる。
 書かれた内容をAIが拾い直し、次の看護につなげる。

そのような循環が生まれるのであれば、AIは看護をよくする道具になり得ると思います。

AIによって生まれた時間は、誰のものか

 しかし、AIによって記録時間が短くなったとしても、その時間が患者との関わりに戻るとは限りません。

 一人の看護師が受け持つ患者が増えるかもしれませんし、新しい入力項目が追加されるかもしれません。「短時間で書けるのだから、もっと詳しく記録できるでしょう」と、記録量だけが増える可能性もあります。あるいは、AIによって仕事が減ったのだから、看護師の人数も減らせると考えられるかもしれません。

 2026年、米国では、データ分析企業Palantir(パランティア)の技術が病院の人員配置などに利用されることに対して、看護師たちが抗議活動を行いました。看護師たちが訴えたのは、AI一般を拒絶することではなく、AIが人員削減や、少ない人数で病棟を運営するための道具として使われる危険でした(3)。

 AIが患者の状態や業務量を分析し、必要な人員を増やすために使われるのであれば、患者の安全に貢献します。しかし、同じ技術が「最低何人いれば病棟を回せるか」を計算するために使われれば、まったく反対の結果になります。

AIによる効率化で生まれた時間や利益を、誰のために使うのか。

 患者のために使うのか。
 看護師が考える余白にするのか。
 さらに多くの業務を詰め込むのか。
 人員を減らす根拠にするのか。
それを決めるのは、AIではありません。

余白のすべてを患者対応にしなくてもよい

 ここで、「AIによって生まれた時間は、すべて患者との直接的な関わりに使うべきだ」と考えるのも、少し違うように思います。

 四半世紀前に私が勤務していた頃、詰所でお茶を飲み、看護師同士で何気ない話をする姿も見られました。
 患者を放置して休んでよいという話ではありませんが、休息すること、感情を整理すること、同僚と話すことも、次の看護を支えるための”意味のある時間”であり、私にとって「思い出深い時間」だったと思います。

患者のそばにいる時間だけが看護なのではありません。

 患者について考える。
 同僚と相談する。
 自分の判断を振り返る。

こうした余白もまた、看護を支えています。

 AIによって増やしたいのは、看護記録の文字数だけではありません。
患者について考える時間と、その思考の過程を残すことなのだと思います。

「人間が確認するから大丈夫」でよいのか

 2026年9月、OpenAIとAnthropicでAI開発に携わってきたジェイコブ・コクソンがAnthropicを退職し、AI開発の速度が、人間が安全性を確認する能力を上回りつつあると警告しました(4)。コクソンが問題にしたのは、人間を上回る自己改良型AIと人類存続の危険であり、その話を現在の医療AIにそのまま当てはめることはできません。
 しかし、共通する問いはあります。

 AIが何かを出力し、最後に人間が確認する。私たちは、それによって安全性が保たれると考えています。しかし、確認する人間に知識がなければどうでしょうか。原文を読む時間がなければどうでしょうか。AIの判断に異議を唱える権限がなければどうでしょうか。
 人間が確認欄にチェックを入れていても、実質的にはAIの出力を追認しているだけかもしれません。人間が最終的に判断するという原則を掲げるだけでなく、人間が本当に判断できる環境を残しておく必要があります。

AIには、看護や医療をよくする可能性があります。

 記録を整理し、サマリーにする。
 膨大な情報から患者の小さな変化を見つける。
 経験の浅い看護師が見落としている視点を示す。
 患者に合わせた言葉や方法で説明する。
 必要な知識や専門家につながる道筋を示す。

 こうした支援によって、看護師が事務作業から少し解放され、患者を見ることができる。患者の話を聴き、その人に何が起きているのかを考えることができる。

私は、そのような未来があってほしいと思います。しかし、その未来は、AIが自動的に実現してくれるものではありません。AIが看護をよくするかどうかは、AIが何をできるかだけでなく、AIによって生まれた時間と情報を、私たちが何のために使うかにかかっています。AIに患者を考えてもらうためではなく、看護師が患者について考える時間を取り戻すためにAIを使う。

 そのような選択を積み重ねることができれば、AIは看護師に代わる存在ではなく、これまで十分にできなかった看護を実現するための力になってくれるのかもしれません。

参考資料

(1)Ubie「ユビー生成AIで病院のあらゆる業務にAIを」

https://intro.dr-ubie.com/products/generativeai_lp

(2)Rossetti SC, et al. “Real-time surveillance system for patient deterioration: a pragmatic cluster-randomized controlled trial.” Nature Medicine. 2025 Jun;31(6):1895-1902.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40175738

(3)Healthcare IT News「Nurses nationwide protest Palantir technology in hospitals」

https://www.healthcareitnews.com/news/nurses-nationwide-protest-palantir-technology-hospitals

(4)時事通信「AI業界去る研究者、『AIが人類滅ぼす可能性』を警告」

https://www.jiji.com/jc/article?k=20260910049342a&g=afp