漁師さんが守ろうとするのは、海であり魚です。しかし、豊かな海を守るためには、海だけを見ていてはいけません。森に降った雨が川となり、山の栄養を海へ運ぶ。その循環が魚や海藻を育てます。
だから、漁師が森に木を植える。
一見すると遠回りに見えますが、海を守るためには、海につながる森や川まで考える必要があるのです。
先日、大分県佐伯市にある「在宅支援クリニックえがお」の院長で、一般社団法人共生社会実現サポート機構「とんとんとん」の代表理事でもある山内勇人先生の取り組みに触れる機会がありました。(一般社団法人「とんとんとん」)
佐伯市の高齢化率は、2025年10月1日時点で42.52%です。また、2019年時点の市の調査では、高齢化率が50%以上の行政区が全体の約3分の1を占めていました。人口減少が進むなかで、地域の暮らしをどう支えていくかが問われています。(佐伯市「過疎地域持続的発展計画」、佐伯市「まち・ひと・しごと創生総合戦略」)
山内先生たちは、そこで「ごちゃまぜ」と呼ばれる、いわゆるインクルーシブな支援に取り組んでいます。「とんとんとん」も、子ども、高齢者、障害のある方などが互いに支え合い、誰もが役割を持てる地域づくりを理念に掲げています。
私も今回、認知症のある方、発達に特性のある方、移動に介助を必要とする方などが一緒に暮らす「きよちゃん家」に泊めていただきました。
得意なことも、苦手なことも、できることも、人によって違います。一人では難しいことがあっても、みんなでいることで、できることが増えていく。
誰かが一方的に「支える側」になり、別の誰かが常に「支えられる側」になるのではありません。あるときには助けてもらい、別の場面では誰かを助ける。それぞれが、その人なりの役割を持って暮らしていました。
もちろん、これは障害や認知症があっても何でもできるとか、専門的な支援は必要ないという話ではありません。苦手なことや難しいことを互いに補いながら、その人のできることを役割につなげていく。その積み重ねによって、一人ではできなかったことが、「みんなでいることでできること」に変わっていくのだと思います。
佐伯にはこれまでにも何度もお邪魔しています。お弁当の配食サービスや訪問診療、サロン活動やみんな食堂を見学させていただいたほか、クリニックでの医学生への講義や診察への陪席など、さまざまな活動に触れる機会をいただきました。
医療が暮らしの中に入り、地域の人たちの活動もまた医療につながっている。
そこには、「医療を提供する人」と「医療を受ける人」という関係だけでは捉えきれない、支え合いの姿がありました。私自身、本当に多くの刺激を受けました。
こうした地域のあり方は、「コンパッション・コミュニティ」という考え方にも通じます。この考え方は、特に病気や老い、死別などに直面したときの支えを、医療や福祉の専門職だけの役割とせず、地域の人々も共に担うという文脈で育まれてきました。(Public Health Palliative Care Internationalの解説資料)
それは、単に「優しい人を増やす」ということではありません。
困ったときに助けを求められる関係、誰かの困りごとに気づけるつながり、得意なことを持ち寄れる場所。そして、支える側と支えられる側を行き来できる関係を、街の中に育てていくことです。
地域医療は、その地域で安心して暮らし続けるために欠かせません。しかし、地域の経済や社会が縮小していくなかでは、医療機関だけを維持しようとしても、難しい問題にぶつかります。
病院があっても、そこへ行くためのバスやタクシーがなければ、受診は難しくなります。家族が遠方に住み、付き添う人がいなければ、通院そのものが負担になることもあります。
さらに、街に仕事が少ない。住む場所や子どもを育てる環境が十分ではない。買い物をする場所も限られている。そうした地域では、看護師をはじめとする医療従事者に「ここで働いてください」と呼びかけても、簡単には集まりません。そこで暮らし、働く人がいなければ、患者がいても、病院や診療所、訪問看護ステーションなどを維持することが難しくなります。佐伯市の計画でも、介護サービスを提供する事業所の人材不足が課題として挙げられています。佐伯市「過疎地域持続的発展計画」
つまり、地域医療を守ることは、医師や看護師の人数を確保することだけではありません。
交通、住居、雇用、教育、子育て、買い物、地域のつながり――人がその街で生活するための基盤も、併せて考える必要があります。
現在は大都市でも、看護師をはじめとする医療従事者の不足が問題になっています。もちろん、都市部の人材不足も深刻です。
ただ、別の医療機関へ移動できる場合が比較的多い都市部と、医療機関が限られ、次の受診先まで長い距離を移動しなければならない地域とでは、同じ「医療従事者不足」でも、暮らしへの影響は異なります。地方では、一つの病院や診療所がなくなることが、単に選択肢が一つ減るという話では済まないことがあります。その地域で暮らし続けられるかどうかに、直接かかわるからです。
看護師をはじめとする医療従事者にとって、自分が働く病院や施設を見ることは、もちろん大切です。しかし、患者が退院後にどこで、誰と、どのように暮らすのか。その地域にはどのような交通手段があり、どのような支え合いや困りごとがあるのか。病院の外側にも目を向けることが、これからますます必要になるのではないでしょうか。
もちろん、訪問看護や在宅医療、地域包括ケアなどでは、すでにこうした視点を持った取り組みが数多く行われています。現場を離れている私が知らないだけで、「そんなことは、とっくにやっているよ」と言われるかもしれません(笑)。
それでも私自身は、どこかで「地域医療」を、医療機関や医療従事者の配置の問題として考えていたように思います。
医療を守るためには、医療だけを見ていてはいけない。
漁師さんが豊かな海を守るために森を育てるように、医療に携わる私たちも、病院の外にある街の暮らしや、人と人との関係に目を向ける必要があります。
地域医療が街を支えるだけではありません。街に暮らす人々と、その人たちの温かなつながりもまた、地域医療を支えています。
地域医療を考えることは、その地域で人がどのように生き、どのように支え合い、これからも暮らし続けられるのかを考えることなのだと思います。



